首相辞意

ふつう「職を賭して取り組む」と言えば「職を賭すほどの強い決意でやる」という意味だ。後段の「取り組む」に力点があるのは言うまでもない。ところが、安倍晋三首相は「取り組む」前に「職を賭」してしまった。
昼過ぎ、食堂のテレビに「首相辞意」の速報が流れた。きのうの夕方、安倍首相は「風邪気味」で夜の会合などをキャンセルして早々に公邸へ引き揚げたというニュースがあった。心身ともだいぶ疲れているなと思ったが、まさか翌日に辞任とは思いもよらなかった。
参院選大敗にも続投に意欲を燃やし、内閣改造、APEC、臨時国会での所信表明と日程をこなして、きょうは衆院本会議で各党の代表質問に臨むところだった。なんでこの時期になって辞任なのか。辞意表明の記者会見でもこの点に質問が集中したのは当然だ。
民主党に党首会談を持ちかけたが、断られた」「テロとの戦いを進めていくには新しいリーダーの下で」などと理屈にならない説明で、質問の趣旨とはかけ離れた受け答えに終始した。「国民に対する責任」を問われ、大写しになった首相の目はうつろに見えた。
戦後生まれ初の首相の座に就いて1年。「お友達内閣」から「重厚内閣」に改造した後も不祥事発覚が後を絶たず「がけっぷち内閣」とやゆされ、本当にがけから落ちた。
しょせん名家育ちの苦労知らず。難局にぶち当たるのがこわくて、投げ出した−国会の内外からそんな批判が聞こえてくる。ご本人は祖父・岸信介元首相をいたく敬愛しているそうだが、「妖怪」とまで呼ばれた祖父のしぶとさ、したたかさは、3代目には伝わらなかったらしい。