ラジオ体操

医院の待合室にいたら、テレビから懐かしいピアノ伴奏が聞こえてきた。イチ、ニッ、サン…。ラジオ体操だ。
子どものころ、ラジオ体操は夏休みの大事な日課だった。どの町内でも毎朝、ラジオを鳴らし、その前に整列して体を動かした。終わると、スタンプを押してくれる。ひと夏、休まずに行くと「皆勤賞」としてノートがもらえた。母親の里帰りで留守にする時など、友だちにスタンプだけ押してもらうよう「代返」を頼んだものだ。
少子化のあおりでラジオ体操の場が町内から学校、さらに地域の公園や空き地に移っているらしい。1学年1クラスしかない中心部の小学校区などでは全くやっていないところもある。
以前、京都大でスポーツ生理学の研究者にラジオ体操の効用を聞いたことがある。その話によると、スポーツの準備運動としての効果はゼロ。体ほぐし、筋力アップなどにもほとんど役立たないと手厳しい評価だった。「体のためにはストレッチが有効。強いて効果があるとするなら精神面のほう。みんなそろって体を動かすことで一体感や『さあ、やるぞ』といった高揚感が生まれることはある。早起きの習慣もつくしね」と、その研究者は話していた。
ラジオ体操は1928(昭和3)年、国民の体力向上と健康維持・増進を目的に当時の逓信省(現・日本郵政公社)簡易保険局が制定した。上記の説に従えば、「体力向上」も「健康増進」も否定されたことになるが、いま求められているのはむしろ精神面での「健康」のほうだろう。
ともすれば、昨今は地域の結びつきが薄く、昔に比べて大人も子どもも付き合い下手、人間関係を築くのが苦手とされる。運動としての効果はなくとも、みんなで一体感や高揚感を体で覚える機会と考えれば、別の意義が生まれてくる。80年近い歴史を持つラジオ体操、これまでとは違う意味でもう少し見直されてもよいかもしれない。