卍考〜その2

「逆卍(まんじ)」のお地蔵さんは、意外にも身近なところにあった。上京区上小川町。3年前まで住んでいた自宅の隣の町内だ。40年以上、その前を通りながら「逆卍」には気づかなかった。石の台座に刻まれていた紋を指でなぞり、何度も確かめた。
お地蔵さんのシンボルは圧倒的に「卍」(左万字)が多いが、その向きが反対の逆卍(右万字)もあるらしいとは聞いていた。まさか、それがこんな近くにあったとは。
と、数日後。今度はもっとでっかい逆卍を見つけた。祇園四条通に面した浄土宗仲源寺。通称「めやみ地蔵」で知られ、眼病に霊験があるとして古くから信仰を集めている。その本堂前に掲げられた赤い大ちょうちんの両側に、白字で大きく右万字が描かれていた。両わきや門前には小さなちょうちんもかかっていたが、こちらはいずれも普通の左万字だった。なんと、左右の万字が混在しているのだ。
同寺の南忠信住職に直接お尋ねした。「寺伝には、ご本尊の前机の紋は右万字、と明記されているので、大ちょうちんにはその紋を施しました。小さなちょうちんは業者任せにしているので、たぶん左万字が当たり前だと思い込み、そう描いたのでしょう」
南住職の話やいただいた資料などによると、万字は紀元前のバビロニアアッシリアなどでも神聖な記号として用いられていたそうだ。インドではバラモン教徒に使われ、後に仏教にも伝播した。釈迦の胸や足裏にある吉相とされ、仏法そのものを表すマークとして、日本では寺院を指す地図記号にまでなっている。
問題の向きについては、太陽・天体の運行と同じ回りの右万字が吉、反対回りの左万字を凶とする説があるが、宗教や国によって左右を区別したり、混用されたりもしているらしい。仲源寺などの例からも日本は左右混用だったと見るのが妥当だろうが、いつごろからか左万字が優勢となり、広まったようだ。
ここで気になるのが、ナチスの「かぎ十字」。ナチスのマークは左に傾いているのが一般的だが、傾いていないものもあるという。となると、右万字そっくりというわけで、時に日本で地蔵の紋を目にした欧州の観光客らがびっくりする。もちろん、歴史的、文化的な由来も意味も両者は全く無縁、無関係なのだが「ナチスは逆卍で、日本は卍」の俗説は通らないことになる。以下、次回に。
   
【写真左から、逆卍の入った台座(上小川町)、大ちょうちんの逆卍(仲源寺本堂前)、こちらのちょうちんは卍(同寺門前)】