天下一品総本店「中華そば」

「天下一品」、通称「テンイチ」の歴史は、わが会社人生とぴったり重なる。創業者の木村勉さんが屋台から身を起こした1971(昭和46)年は、当方が社会人のスタートを切った年でもある。
ある夜のこと。スナックのマスターが閉店後「うまいラーメンがある」と連れて行ってくれたのが、ここだった。ドロドロ、コテコテ、ヌルヌル。何というラーメンだ。「スープを全部飲んで。スタミナつくよ」と笑っていたあのマスターの顔を思い出す。
もともと「濃厚こってりしょうゆ味」といわれる京都のラーメンだが、この白濁ドロドロスープはその究極の異端児だ。店の説明によると「とりがらと野菜を中心に11種の食材を長時間煮込んだ」ものだという。
口コミを通じて若者らに人気が広まり始めたころ、北野天満宮近くの屋台でラーメンをすすっていたら、そこのおやじさんが「あんたら、テンイチのラーメンどう思う?」と聞いてきた。「変わってるけど、うまいよ」と答えたら、おやじさんは「わしも、あのスープ作ってやろうと思うて、試してるのやけど、なかなかできん。どうしてるのやろな」と首をかしげていた。同業者の間にも大きな衝撃だったらしい。
酒を飲んでの帰り。酔った同僚がラーメンの中に眼鏡を落とした。声に気づいた店員が「うちのスープは脂っこいからねえ、取れるやろか」と笑いながら、ヌルヌルになった眼鏡に洗剤をかけて厨房で洗ってくれた。あの眼鏡、その後どうなったのだろう。
あれから35年。手持ち金3万7000円で始めたという屋台ラーメンは、いまや全国に150店舗を構え、従業員110人、年商50億円の大企業に発展した。
久しぶりにのぞいた総本店(京都市左京区)の扉に大きなポスターが張ってあった。「発祥地」の3文字に、独創スープに対する自負がのぞく。同種の味が増えたせいか、かつてほどのインパクトは感じなかったが、行列の長さから人気の根強さがうかがえた。
中華そば並630円、大680円。めんは中太ストレート。スープは好みに応じて「こってり」「あっさり」「屋台の味」から選べる。最後まで飲み干すと、鉢の底から「明日もお待ちしてます」の文字が現れる。不満は、他の店よりめんの量が少ないことだ。
   
【写真左=中華そば(こってり)大、右=入り口に張られたポスター】
★★★★(おすすめは、もちろんこってり大!)