マグロ高騰

なじみのすし店の大将が嘆いていた。「マグロ、このごろ高こうてねえ。弱ってますねん」。
店は7、8人も入れば満席のカウンターだけ。近ごろ買い換えた小さなテレビ以外、およそ飾り気はない。18歳の時からすしを握り続けて50年以上。若狭出身の大将は、よいネタを、安く−の信条だけをかたくなに守り続けてきた。
「まぐろ」を注文すると「中とろ」が出てくるが、値段はあくまで「まぐろ」並み。「とろ」は初めから品書きに存在しない。タイやウナギも養殖ものが多いとして扱わず、天然もののネタにこだわり続ける。
70歳を超えたいまも毎朝、息子さんの運転で中央市場へ通う。そこで目にするのがマグロの高騰ぶりだ。農水省の統計でも、今年1〜7月のマグロのキロ当たり平均卸売価格は2942円で、前年同期に比べて24%も上がっている。「これだけ高くなると、うちらはしんどいですわ」。柔和な表情が曇る。
大将が市場で聞いたところによると、BSEや鳥インフルエンザによる食肉不安の影響で近ごろは中国や東南アジアでも魚をよく食べるようになった。なかでも人気のマグロには高値がつき、日本の業者が買い負けることが珍しくなくなってきたそうだ。
日本は魚消費の4割以上を輸入に頼っている。その輸入が減れば、値段が上がるのは当然だ。
折しも、ミナミマグロの国際管理機関の調査で、日本が昨年までの3年間、国際的に定められた割当量の2倍に当たる1万2000トンものマグロを過剰に捕っていたことが明るみに出た。来年以降の日本の割当量が削減されるのは確実という。
かつてマグロは大衆の食べる「下魚」とされ、江戸後期、夜鳴きそばが16文のころ、豊漁で日本橋の魚河岸では中くらいのマグロが1匹200文で取引されたという。脂身のトロが珍重されるようになったのは、せいぜい肉食に慣れた戦後からといわれている。
いっそ、とことん値が上がれば、食べる人も少なくなる。需要が減れば、値は下がる。安くなれば、口に入りやすい。庶民には、元の下魚に「回遊」してくれるのを待つしかないのだろうか。
 
 【脂ののったトロ】(本文とは関係ありません)