心の金メダル

バルセロナアトランタ五輪で活躍したマラソンランナー、有森裕子さんの話を聞く機会があった=写真=。きのう岡山市で催された第59回新聞大会でのランチタイム。有森さんは地元岡山の出身で、ゲストスピーカーとしてやって来た。演題は「よろこびを力に…」。
有森さんと言えば、マラソンでの話題もさることながら、その後、米国人男性との結婚をめぐって週刊誌などでさんざんゴシップ記事を書かれた過去がある。この日は新聞関係者の集まりとはいえ、同じマスコミ業界だ。よくスピーチを引き受けてくれたものだと思いながら、耳を傾けた。
演壇に立った有森さんは、いきなり今年の新聞週間標語「あの記事が わたしを変えた 未来を決めた」を指さして「まさに私はこの通りでした」と切り出した。やっぱり、あのゴシップ騒ぎのことかと思ったら、全く正反対の話だった。
有森さんが子どものころ、お父さんは家族新聞をつくり、家族や親類などに配っていた。ある号で有森さんが陸上競技を始めたことをその新聞のトップ記事に書いてくれた。それが標語にある「あの記事」になったという。
「たとえ家族だけの新聞でもものすごくうれしかった」。その後、地方大会などで好成績をあげて地元紙に自分の名前と記録が載るようになると、有森さんはその数行の記事を切り抜いてノートに張り続けた。記事の横には当日の感想や反省も書き込み、自分を励ます糧にしたそうだ。
例のゴシップ記事にも言及した。「私はあの記事で強くなれました」。強がりも嫌みも感じさせず、サラリと言ってのけた。「近ごろは勝ちさえすれば、記録さえよければ何を言っても、何をしても許されると勘違いしているアスリートが多い。私は人とのコミュニケーションの中で育てられたと思っています」。某大リーガーや某プロ野球優勝監督に聞かせたい言葉だったが、こうも付け加えた。「一度吐いた言葉は消えない、消せない。メディアもアスリートも共に成長し合える関係が大事だと思います」
強い人だと思った。アトランタのゴール後「自分で自分をほめたい」と言ったあの時の笑顔を思い出した。競技生活は、来年2月の東京マラソンで引退する予定という。
8年前からNPO法人を立ち上げ、戦火に脅やかされるカンボジア東チモールでマラソンを通じて希望や勇気を与える活動を続けている。その名も「ハート・オブ・ゴールド」。五輪で銀と銅のメダルを手にした有森さんが、世界の仲間と目指す「心の金メダル」だ。