東錦「幸福カレーうどん」

「牛肉、ゆば入り幸福(ハッピー)カレーうどん」の張り紙につられて注文したら、なんと下のほうに「2200円」の表示。「えっらい高いなあ」と思わず声が出た。
これが、名物おばちゃんの「速射砲」を誘発してしまった。「肉は三嶋亭、ゆばと厚揚げは井戸水から作ったもの。ええ加減なもんやったら、60年も続かへん。南座できょうから顔見世、始まりましたやろ。役者はんもこれからぎょうさん来やはる。毎日食べてもあきひん言うて…」。言葉の途切れるすきがない。
初対面でも、昔からの友だちのように話せるのが、おばちゃんの人柄だ。「じゃこさんしょうごはんもおいしいよ。玉子焼きもええよ。ほれ、この雑誌のここに出てるやろ。きのうもテレビで紹介されたし」。話の合間、合間にきっちりセールスが入ってるから要注意。うるさいから何でも「ふん、ふん」と相づちを打っていたら、いつの間にかテーブルに次々と品が並ぶことになる。事実、注文していない玉子焼きが出てきたので「こんなん頼んでへんよ」と引き取ってもらった。
おばちゃんの講釈をひととおり聞いたあと、やっと注文の豪華カレーうどんが出てきた=写真=。なるほど、自慢の三嶋亭の薄切り肉がふんだんに入っている。ネギは九条ネギ、ゆばと厚揚げもカレーあんの辛味、とろみによく合い、細手のうどんとからんでうまい。上肉のうまみが溶け出したあんは、最後の一滴まで飲み干せた。
確かに味はしっかりしている。しかし、おばちゃんの休むことを知らない「しゃべくり」は相手のことなどお構いなし。そんな気さくな人柄を好んで通う客と、同じ数だけの客が逃げているのではないかと心配してしまう。途中で入ってきた若い男性が、値段表を見てか、おばちゃんの勢いに恐れをなしてか、注文する前に「ごめんなさい」と言って出て行ってしまった。
店は大丸京都店の北西、東洞院錦小路の角にあるから「東錦(とうきん)」。テーブル3つとカウンターだけの狭い店内だが、ことしで開店60年。職人気質で無口なおっちゃんとおしゃべり七色のおばちゃん、絶妙の取り合わせだ。
サバの煮付け、エビイモの煮物、カブラのたいたん…など、おかずのメニューも豊富。
あちこちのめん類を食べ歩いているが、1杯2000円以上ものうどんはここだけだ。
 
 【具は左上から時計回りに、三嶋亭の上肉、九条ネギ、ゆば、厚揚げ】
 ★★★★(うまい、高い、うるさい)
【注】先日、店の前を通ったら閉店を告げる張り紙が掲げられていました。「61年のご愛顧に感謝します…」。07年12月の日付でした。閉店の理由は分かりませんが、またひとつ「名物」店の灯が消えました。