寅さんの電話

映画『男はつらいよ』が毎週、NHKの衛星テレビで放送され、楽しみに見ている。このシリーズ、作られたのは1969〜95年だが、登場する下町の風情や人情の機微は今も変わらない。
いつも目にとまるのが電話のシーンだ。「とらや」の茶の間でみんなが「今ごろどこで何してるのやら」なんて言っているところに、黒いダイヤル式の電話機が鳴る。「あ、おにいちゃん?」とさくらが出る。寅さんは旅先の赤い公衆電話に十円玉を入れながら話している。「あ、もう金なくなったから切るよ。ガチャン」。
こんな場面を見るたびに「もし、寅さんが携帯電話を持っていたらどうなるのだろう」などと思う。ふっと家を出たまま放浪を続ける寅さんが、たまに電話をかけてくるから良いのだ。四六時中連絡のとれる携帯電話を持っていたら、この物語は成り立たない。
電話番号継続制に伴う申し込み急増で、ソフトバンクに続いてKDDIもシステムがダウン。きのうひと晩不通となり、利用者の怒りを買った。機械にトラブルは付きものなのだが、24時間つながっていることを前提とする「ケータイ社会」はこれを許さない。
寅さんはワープロもパソコンとも無縁だ。失恋の痛手が癒えると、旅先から「思い起こせば恥ずかしきことの数々…」などと下手な手書きの絵はがきが送られてくる。乗るのはいつも鈍行列車。「乗ってる時間の短い特急や急行のほうが、なんで値段が高いんだ」。見方を変えれば、もっともな理屈だ。
身の回り、便利なようで不便にしているのは自分たち自身ではないか。寅さんの笑い声が聞こえてくるようだ。