第九

ふだんクラシック音楽とはあまり縁のないほうだが、ベートーベンの「第九」だけは別だ。毎年この時期になると各地で演奏会が開かれるし、大みそかにはテレビでもやっている。
日本での「第九」初演は、1918(大正7)年に徳島県鳴門市の収容所で第一次大戦のドイツ軍捕虜たちによるとされる。大みそかの演奏は「皇紀2600年」を記念して1940(昭和15)年にNHKがドイツの一部の町で行われていた慣習をまねて、ラジオで流したのが始まりといわれている。
板画家の棟方志功「第九」がお気に入りだったらしい。「晴れたる青空…」と鼻歌を歌いながら、顔を板にこすりつけるようにして彫刻刀をふるっている姿をビデオで見たことがある。
志功をまねたわけではないが、10年ほど前までは毎年この時期になると「第九」を流しながら「プリントごっこ」で年賀状を1枚1枚刷っていたものだ。「フン、フン、フン♪…」とリズムに合わせて、志功ばりに鼻歌を歌いながらやると、作業もテンポよくはかどった。
年賀状をパソコンで印刷するようになってから「第九」を聞かないようになった。プリンターの機械的な音と速度が合わないのだ。あの勢いのあるメロディーと合唱には、芸術家だけでなく、人の意欲をかきたてる力があるようだ。そこが名曲たるゆえんなのだろう。