宵のうち

「うまいもんは宵のうちに食え」。好物を前に、いま食べようか、あしたに取っておこうか迷っていると、父親がよくそう言って背中を押してくれたものだ。
この場合は「いまのうち」「早いめに」という意味だが、そもそも「宵」とは何時ごろを指すのだろうか。気象庁が天気予報などで長年使ってきた「宵のうち」を、今月から「夜のはじめごろ」に言い換えるそうだ。
これまで「宵のうち」は予報用語として「18時頃から21時頃まで」とされてきた。たしかに「宵やみ迫れば」は「夜のはじめごろ」だろうが「宵越しの金」「今宵こそ」にはただ漠然と「夜」のイメージしかない。言葉の使われる幅が大きいのだ。
気象庁は「時間帯を表す用語は誤解なく伝わることが重要」と言い換えの理由を説明している。もっともだ。いつ雨が降るのか、傘を持参すべきかどうか迷っている人にはきちんと時間帯が伝わらなければ意味がない。人によって使い方がまちまちでは困る。
しかし、その一方でふだん使う言葉は厳密性だけでなく、もっといろいろな意味合いを込めて使われる。「夜」にしても、たそがれ、夕まぐれ、日の暮れ、薄暮、夜更け、夜半、夜中…あいまいだからこそ伝わる情緒や雰囲気もある。
天気予報から消され、日常言葉の「宵」まで古語にされてしまわないか心配だ。それにしても、夜はいつまで、朝はいつから? 昨夜はいつまで? 深夜と未明の境は? 考え出すと、今宵は徹夜になりそうだ。