1番が消えた!?

ナツメロの話で恐縮ながら、先日、スナックで美空ひばりの「波止場だよお父つぁん」のカラオケをかけてもらった。「古いいかりが…」と出だしを歌おうとしたら、画面に出た歌詞が違う。2番の歌詞から始まっているのだ。えー、なんでぇ。
後日、別の店で違うメーカーのカラオケも試したが、やはり1番の歌詞が出ない。前の店と同じく2番→3晩→2番という構成になっている。これはもう意図的な改変に違いない。
思い当たるのは、1番の歌詞「年はとってもめくらでも」のくだりだ。「めくら」は、いわゆる差別語、不快語として、一般的な文章では「目の不自由な」などと言い換えられている。カラオケ制作に当たって、当事者のだれかがこれをおもんばかった可能性が高い。
歌は1956年の作。孝行娘が、目の見えなくなった元マドロスの父親の手を引いて、昔ならした波止場を案内するという筋立てだ。1番がなくては、この主題が成り立たない。まして歌詞を前後させ、文脈がずたずたになっている。
改変にあたっては関係者の了解を得ているのだろう。ひょっとしたら当の作詞家自身の指示で変えたのかもしれない。でも、50年以上も大勢の人に歌われ、親しまれてきた歌だ。いくらカラオケとは言え、こんな安易に、ずさんに変えられてよいのだろうか。
今年初め、森進一さんが持ち歌に無断でせりふを加えたとして作詞家から怒りを買った。その是非は別にして、言葉にこだわる詩人の執念みたいなものを感じた。ことし生誕70年、地下のひばりさんはどう思っているだろう。