上野藪そば「もり大」

江戸そば三大のれんのうち「藪(やぶ)」は、辛いつゆで有名だ。落語にある、死ぬときに「一度でいいから、そばに汁をたっぷりつけて食べたかった」と言った男は、きっと藪そばを食べ続けてきたのに違いない。
東京・上野のアメ横に近い「上野藪そば」は、日清戦争前夜の1892(明治25)年に「かんだやぶそば」からのれん分けされたという。当代のご主人は手打ちの名手として知られ、数ある藪そばの中でも評価が高い。
「もり大」(893円)を注文したら、丸いせいろうの上にこんもり盛ったそばが出てきた=写真左=。細切りで、見た目にもみずみずしい。ちょこにつゆを移そうと、ちょうしを持ち上げて驚いた。軽い。大盛りなのに、これではつゆが足りないのではないか。
ここで冒頭の落語を思い出した。試しに少量をちょこに注いで、そばを少しつけて食べてみた。うーん、これか…。たしかに辛い。ほんのり甘い関西風味に慣れた口には、辛いというか、しょっぱい感じ。通はこれを「当たりがきつい汁」と表現するらしい。
いくら辛口が好きでも、こんなつゆにどっぷりつけては食べられない。ちょいとつけるから、そばの風味が引き立つのだ。なんとなく江戸っ子気分。大盛りを食べて、そばつゆが余ったのは、生まれて初めてだった。
 
★★★★★(このそばにこのつゆあり)