丸物最後の日

事件記者として京都駅前の七条署を担当していたころ。毎朝、署の記者室に着くなり荷物を置いて、南隣の丸物百貨店へ向かうのが日課だった。
行き先は2階の喫茶室「パリ」。親しい刑事が、いつも決まった席で、決まったスポーツ紙を広げている。そっと横に座って話しかける。「きのう、何もなかったか?」。前夜に起きた事件・事故、署内の出来事、捜査員の動き…コーヒーをすすりながら教えてもらうのだ。
朝の情報収集以外にも食事、息抜き…七条署担当の2年間、休日を除いて丸物にはほぼ毎日お世話になった。「ちょっと丸物、行ってくるわ」。ポケベルも携帯電話もない時代、緊急時は「京都木材の○○さま」と館内放送してもらうよう署の広報係には頼んであった。
すでに当時、京都近鉄百貨店に改称されていたが、われわれは「丸物」で通した。駅前物産館の系譜を引いて、店員の応接や飾りつけひとつにも四条通の大丸や高島屋にはない気安さ、親近感があった。地蔵盆の景品セール、国鉄忘れ物市などは丸物ならではの催しだった。
最終日のきょう、店内をのぞきに行った。午後6時。閉館まであと2時間。87年の歴史の幕を閉じるのだ。涙、涙…と思いきや、人、人、人の大混雑。1階の婦人洋品売り場など身動きも取れない盛況だ、30%、50%、70%引きという張り紙もあった。「まだまだ商品はありますから、押し合わないで…」。
最後まで庶民のデパートだった。さいなら丸物。心の中で別れを告げた。
 
【写真①=閉館まであと2時間(烏丸玄関)、②=ごった返す婦人洋品売り場(1階)】