すし乃池「穴子すし」

関西人からすれば、ちょっとディープ、いやかなりディープ、いやいやとってもディープな江戸前のすし屋へ行ってきた。谷中(やなか)。関東大震災や戦災での被害が少なく、昔ながらの風情が残る下町だ。
てっきり「寿司の池」だと思っていたら、ご主人が野池さん、「乃池」は店の名前だった。この地で開業して約40年。商店街の一角、見落としてしまいそうな超ジミーィな店構えだが、知る人ぞ知る「穴子すし」の名店と聞いた(写真1)。
暗い表ののれんをくぐり、重い引き戸を開けてびっくり。10数席のカウンターは鈴なり。ラッキーにもテーブル席がひとつだけ空いていた。
もちろん注文は、名代「穴子すし」(8カン、2500円、写真2)。東京湾のアナゴにこだわり、一度あぶってから、ふっくらと煮上げてあるのがポイントらしい。あぶることでかぐわしく、アナゴの風味が増すという。
ひとつまみ、口の中に入れる。焦げ目がなんとも香ばしく、身はほろりととろけるほどやわらかい。上に塗られた煮ツメも甘からず辛からず、アナゴのうまみをたんのうした。
「赤身」「こはだ」「たまご」を追加したが、どれも丁寧な細工に舌を巻いた。気取ったところがなく、アットホームな雰囲気。いちげんでも嫌みのない応対で、居心地の良さを感じた。近くなら、ぜひなじみになりたい店だ。東京都台東区谷中3丁目。

★★★★★(ミシュランには教えたくない)

松本楼「ハイカラビーフカレー」

東京・日比谷公園の真ん中にある松本楼は、1903(明治36)年の創業。日本の洋式公園第1号とされる同公園とともに100年を超す歴史を刻んできた(写真1)。
当時は、西洋文化の香り漂う公園内を散策して松本楼でカレーライスを食べ、コーヒーを飲むのが「ハイカラ」な若者たちのファッションだったそうな。「ハイカビーフカレー」(700円、写真2)は、そんな往時の雰囲気を伝える同店の名物メニューだ。
具は、大ぶりの角切り牛肉だけ。カレーは、タマネギにケチャップやソース、しょうゆなど親しみのある調味料も加えて、2日がかりで仕込まれるという。やや酸味が強く、それでいて口に中にどこか懐かしい香りと甘さが広がる。
ところで、現店舗は3代目。初代は関東大震災で焼失、2代目は1971(昭和46)年秋、沖縄返還協定に反対する過激派グループに火炎瓶を投げ込まれて全焼した。2年後の営業再開を機に始まったのが、今に続く「10円カレー」だ。
被災後、全国から寄せられた激励に感謝して毎年9月25日だけ「ハイカビーフカレー」を10円で提供している。もちろん、味も量もふだんと同じ。例年大勢のファンで長い列ができるそうだが、10円以上払って帰る人も少なくないという。ひと皿のカレーを介した老舗と客の「ちょっといい話」だ。
木もれ日の差し込む店内は明るく、開放的。天気の良い日はテラスも気持ちよさそうだ。東京都千代田区日比谷。

★★★★★(風雪百年のカレー)

私のしごと館

えーっ、オープン4年で、もう閉鎖? そんじょそこらのラーメン店ではない。関西文化学術研究都市の一角を占める巨大施設「私のしごと館」(京都府精華町木津川市)の話だ。
独立行政法人の見直し・整理統合を進める渡辺喜美行革相が、所管の厚労省との話し合いの中で言明した。開館以来、毎年20億円近い赤字が続いているというから、閉鎖はやむを得ない、というよりもはや当然だろう。
こんにちの事態を危ぶむ声は開設当初からあった。総事業費581億円。学研都市の広大な一等地にゆったりと構えた建物は、小・中学生の「職業体験施設」とはおよそ不釣り合いな規模、豪華さだった。
足場の悪い学研都市へどこから、どれだけの利用者が見込めるのか。巨大な施設や組織運営の採算はとれるのか。関係官庁の「天下り先」になるだけではないか。そんな当たり前の疑問も、巨額の公費投入に弾むツチ音にいつの間にかかき消された。
「京都の社寺や世界遺産の宇治・平等院と組み合わせた修学旅行コースを作って」などと安穏な構想を語っていた関係者の夢は、本当に「夢」で終わってしまった。
小さなラーメン屋でも、不振となれば店主が責任を持って店をたたむ。お上の肝いりで巨費を投じてつくった施設の責任は、いったいだれが取るのか。オープンの日、晴れがましくもテープカットに並んではさみを入れたお歴々にぜひ聞いてみたい。

祖父江ぎんなん

近所のすし店「味工房 うえ川」で、つきだしに「炙(あぶ)りぎんなん」が出てきた。
柿の赤い葉を下敷きに、目をむくような大粒のぎんなんがゴロゴロ。白い殻があぶられて真っ黒、はじけて中から青い実がのぞいているものもある。
大将に産地を聞いたら、愛知県の「祖父江(そぶえ)ぎんなん」という。県西部の稲沢市祖父江町は生産量日本一を誇る「ぎんなんの町」。普通のものより、ひと回り、ふた回り大きいのが特徴だそうだ。
なんでも、今から百年ほど前、ぎんなん栽培発祥の地といわれる地元の住民3人が名古屋へ売りに行ったところ、大粒のものが普通のものより6〜7倍の高値で売れたため、一帯で大粒ものの栽培が盛んになったとか。
ぎんなんの上には粗塩が豪快に振りかけられている。アツアツの殻を割り、中のホクホクの実をつけて食べると甘みが加わり、ビールが進む。
  

日清「昭和のカレーヌードル」

映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」に特別協賛しているセブン‐イレブンが日清食品とのコラボレーションで作り上げたカップヌードル(写真1)。
映画の時代設定になっている1960年代、カレーと言えば家や学校の給食で食べるカレーが定番だった。その味を出すために、わざわざカレー粉はハウス食品の「即席ハウスカレー」を使うというこだわりようだ。
めんはいつものカップヌードルだが、具も凝っている。大ぶりのジャガイモ、ニンジン、タマネギが入っている(写真2)。
レギュラーのカレーヌードルに比べて、スパイシーな辛さという点では別物に近い。ただし、小麦粉っぽさの残った辛さ、ジャガイモのホコホコした食感、タマネギの甘み…たしかに「あのころ」のカレーはこんなだった気がする。
映画と同様、昭和への郷愁をかき立てる風味に仕上がっている。150円。
 1
 ★★★★(懐かしい家庭カレーの味)

マツバガニ

丹後・宮津の友人が、冬の味覚・マツバガニを送ってきてくれた。
腕に巻かれた青いタグは地物のあかし。水揚げした浜坂港(兵庫)と漁船名が刻まれていた。
浜坂漁港は、マツバガニの水揚げ日本一を誇る本場。先月に漁が解禁されたばかりで、もちろん「初物」だ。
カニすきでいただいた。真っ白な身は、ふんわりとやわらかく口の中でとろけそう。上品な甘味。最後は、定番のカニぞうすい。最高。これで七十五日長生き、間違いなし。
  

「いけず」言わずに

祇園の有名料亭「一力」のある花見小路四条界わいは、夕方ともなるとアマチュア写真愛好家が通りの両側にずらりとカメラの放列を敷く。だらりの帯にこっぽりで石畳を歩いてお座敷に向かう舞妓さんの「出勤」風景を撮るのが目的だ。
最近は、わざわざこれを目当てに来る外国人団体客も多いらしく、中にはマナーの悪い行いで芸舞妓が困っている、との記事が先日の新聞に出ていた。2、30人で待ち構えて強引に写真を撮る、着物を引っ張る、走って追いかけて体を触るといったケースもあるそうだ。
記事には「一部の観光業者がお座敷を利用するのではなく、写真を撮るためだけに連れて来ている」「文化的な理解不足で、芸舞妓を観光客向けのキャンペーンガールと勘違いしている」といった関係者の苦情が紹介されている。
地元ではパトロール隊を編成、花見小路通を中心に、強引に写真を撮らないよう注意を呼びかける自衛策に乗り出したという。芸舞妓はお座敷で遊んでもらうのが仕事。「通勤」途上で物珍しそうに騒がれるのは迷惑千万というわけだ。
言い分は分かる。高価な着物を引っ張ったり、体に触れるなどは論外だ。でも、通りの端から撮る写真ぐらい「いけず」を言わずに、認めてもよいのではないか。
善きにつけあしきにつけ、祇園や舞妓は京都を代表するシンボルのひとつになっている。毎日のことだから舞妓さんも大変だろうが、ツンケンとそっぽを向くだけでなく、たまにはニコッと笑顔でも見せたらどうか。バチカンの衛兵など観光客には実にフレンドリーだ。